タカシマさんって誰
最近の子の恋愛事情は知らないけれど、僕が小学校の頃は誰かを好きになっても人前では言えなくて、またその気持ちをどうしたらいいのかも分からず未熟な恋心を抱いたまま好きな子の事をこっそり眺める事しか出来なかった。
まだ毛も生える前の、遠い遠い昔のお話である。
当時僕はリエちゃんという女の子が好きだった。
小学生とはだいたい同い年でも女の子の方が少し大人びているものだが、彼女もまたそうだった。我々アホな男子が下校途中の道でウンコを見つけて喜んでいるとき、彼女はもうオシャレや芸能人といった話題を女子友達と楽しんでいた。
ある日、なんの拍子か僕は放課後の教室で彼女と音楽について話していた。確かZARDかWANDSのどっちかについて。母が好きでCDを集めていたので自然と僕も家でよく聴いていたのだけれど、話が終わるころ僕はもう完全に恋に落ちていた。
彼女の一つ一つの仕草に表情、声や話し方、笑い方、そしてサラサラの髪から仄かに漂うシャンプーの香り。全てを急に愛おしく感じるようになった。
今思い出しても少し心が締め付けられるような、正真正銘の恋という名の病気である。
めでたく病気になった僕少年だが、冒頭の通りその気持ちをどうすることもできずにいた。その頃彼女とは机が隣どおしだったので毎日が楽しく、そして同じくらい辛い日々を過ごしていた。
それからしばらくして修学旅行があった。
旅行の記憶はどうも曖昧なんだけど、家族へのお土産に「ういろう」を買った記憶があるのでたぶん名古屋近辺だろう。そういえばシャチホコの形をした船に乗ったわ。
ググったら見つけた。もう引退してるみたい。
そんな曖昧な記憶の修学旅行だが、夜の事だけはよく覚えている。消灯後は先生の目をかいくぐってお約束の恋バナタイムだ。普段ウンコを愛でて止まない我々も、いつもは仮の姿とばかりこの時だけは別の顔となる。
7〜8人で円陣を組んで、言い出しっぺの男から時計回りで無意味な告白大会が始まった。僕少年のポジションは最後のほうだ。
正直誰が誰を好きだったかなんてもう覚えていない。しかし3人目くらいにいたリョウスケの事だけは覚えている。もうお分かりだろうが、彼の口からリエちゃんの名前が出たのである。
このリョウスケという男、カッコよくて気さくでスポーツも出来るという学年で1,2を争うモテ男だった。一方、僕少年の特技はファミコンのスーパーマリオ3である。勝負にならない。
そして何やらリエちゃんとリョウスケは家が近く小さい頃からの幼馴染らしい。結構最近まで一緒の風呂に入ってたとか言ってる。絶望、嫉妬、その他色んな感情が入り混じり心臓が早鐘を打ち、視界が歪む。その後何人かの事なんて記憶にも無い。程なくして僕少年の順番が回ってきた。
そして僕少年は言った。不自然な程、饒舌に、笑顔で。
「俺は敢えて言えば、タカシマさんやな」
タカシマさんとは修学旅行の半年ほど前に転校してきた他クラスの女子だ。確かに可愛かった気がするけど口を聞いたこともない。何故タカシマさんなのか。というかタカシマさんって誰だ。
こうして悪夢の修学旅行は終わったのだが、これで話は終わらない。旅行の数日後、授業中に隣の席のリエちゃんからこんな手紙(メモ)が回ってきた。
”聞いたよ!タカシマさんの事、好きなんだって?ガンバレ!”
4半世紀ほど経った今だから分かることもあるが、当時の僕少年にとってそれはまさに世界の終わりを告げる手紙だった。
少なくとも、彼の初恋はそこで終わった。
そして、この話もこれで終わりである。
実はそのタカシマさんが今の奥さんであるみたいな気の利いたオチはもちろん、教訓もまったく無い。リエちゃんとリョウスケが中学校に入って付き合い出したというような後日談すら無い。
ここにあるのはただただほろ苦い昭和の記憶と今は亡きシャチホコ船の勇姿、それだけである。ここまで読んでくれた方には謝罪の言葉もない。
後日談と言えるようなものではないが、つい先日ミニファミコンを買って甥っ子達と遊んでいた。スーパーマリオ3が収録されているので何の気なしにプレイし始めたらちゃんと指が覚えていたらしくノーミスで最後までクリアしてしまった。
途中から甥っ子がスマホで動画を撮っていたのだが、どうも今それが「神動画」として学校で話題になっているらしい。泣ける。
#今週のお題「修学旅行の思い出」